自己肯定感を高める方法について自分なりの結論

2016.10.09

自己肯定感の低さに悩むこと数年。どうすれば自己肯定感を高く出来るのか悩み続けてきましたが、ようやく自分なりの結論が出ました。整理がてら書いていきたいと思います。私と同じく、自己肯定感の低さに悩んでいる方のヒントになれば幸いです。


自己肯定感とは

「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在だ」と思える心の状態。
自己肯定感/Hatena Keyword

以下は私の考える自己肯定感です。
自己肯定感とは、文字通り『自己』『肯定』する感情のこと。「良い面、悪い面、全部含めて私。それで良い。それが良い」と思える考え方だと理解しています。

なぜ自己肯定感が低くなるのか

自己肯定感の対義語は『自己否定感』だそうです。と言うことは以下が成り立ちます。

自己肯定感の低い状態 = 自己否定感の高い状態

自分を否定することで自己肯定感は低くなる。つまり、自己肯定感が低い原因を探るにはなぜ自分を否定してしまうのかに目を向ければヒントが得られそうです。

自己否定のきっかけや原因は人によって様々だと思いますので一概には言えませんが、以下の2点は共通しているのではないでしょうか。

  • 自己否定の思考が癖になっている
  • 無意識に自己否定をしている

以上2点が共通していると仮定しまして、次の章で自己肯定感の低下に繋がる自己否定ついて考えてみます。

なぜ否定してしまうのか

自己否定によって自己肯定感が低くなるのは分かりました。でも、私は私を否定した覚えが有りません。いつ自己否定をしているんのでしょう?

この疑問を抱いてから自己否定の思考を見つけるまで数日かかりました。そうなんです、無意識で自己否定をしていたので自覚できなかったんです。

『いつ自己否定をしているのか』についての答えは、自分と誰かを無意識に比較する時でした。具体例で見ていきたいと思います。

自己否定の例

  • 一. あなたは資格試験に向けて1年間みっちり勉強してきましたが合格出来ませんでした。試験の合格率は僅か5%だったそうです。
  • 二. 不合格を知った直後、同じ試験を受けた同僚から連絡がきました。同僚は合格だったそうです。同僚の勉強期間は僅か1週間ほどで、あなたが勉強している1年間ほぼ毎日遊んでいました。

以上の例、一.と二.それぞれの時点で自己肯定感の低い私高い知人の思考を比べてみたいと思います。

私の場合

  • 一.「残念だけど、難しい試験だし仕方が無い」
  • 二.「同僚と比べて私はなんてダメなんだ。一年も勉強したのに!努力は全て無駄だった。何をしたって意味ない。なら、もう努力なんてしない。」

「難しい試験に落ちた」だけなら落ち込まなかったのに、同僚と言う比較対象者が出現した途端に自己否定をはじめます。

知人の場合

  • 一.「仕方が無い」
  • 二.「(同僚は)要領良くやったんやなぁ」

試験に落ちたことに対する印象は、一.と二.の間で殆ど変わりません。同僚の合否は自分の評価に繋がらないようです。

ちなみに条件を変えた場合

例の条件を少しだけ変えてみます。結果はどのように変化するのでしょうか。

  • 友人は試験を受けていない
  • 合格率は90%

結果的に意見は変化しませんでした。つまり、対象者との関係性が重要なのではなく、相手が誰でも比較は発生すると言うことです。

なぜ比較するのか

自己否定のきっかけになる比較は、なにを引き金に発生するのか。考えてみた結果相対的に自分の評価が下がる場合じゃないかと思いました。

上の例で言うと、

  • 『合格した同僚』の出現によって『不合格の自分』の評価が下がる
  • 『合格した9割の受験者』に対し、9割に入れない『不合格の自分』の評価が下がる

この場合、比べる相手さえ居なければ、自分はただの『不合格者の自分』です。ところが、『合格者』が出現したとたんに自分と合格者を比較してしまいます。どうしてなんでしょうか?

それは、自己肯定感の低さに理由が有ります。自分で自分を肯定できないのなら、自己肯定は他人に依存することになります。自分を肯定するための指標が、他人からの評価になるわけです。

しかし、他人からの肯定(この場合は「よく頑張ってくれた」など、直接伝えて貰えること)はなかなか得られません。じゃあどうするか?そこで比較の出番です。『自分』と『何か』を比べることで、周囲の目から見た自分が、相対的にどうなのかを判断しようとします。つまり、自分を肯定するために比較を行っているのです。しかし、現時点で自己肯定感が低いので相対的に見て悪いとしか感じられません。つまり比較する度に自己肯定感が下がります。これが自己肯定感が低くなるサイクルです。

他人からの肯定に依存する自己肯定感は非常に不安定で危険です。なにせ、肯定されれば相手への依存が増しますし、否定されれば自己肯定感がガクリと下がります。他人の視線や意見にも敏感になり、承認欲求が強くなります。

自己肯定感が低いのは悪いことなのか

ここまで自己肯定感が低いことを悪のように書いてきましたが、そもそも自己肯定感が低いのは悪いことでしょうか?

自分で言うのもなんですが、良い面も沢山あります!表面から見れば、争いを嫌う平和主義者で、人の輪を大切にし、いつも腰が低い。めっちゃ良い人じゃないですか。

ただ、自己肯定感の低い状態は誰より本人が辛く苦しいです。精神状態が揺れやすく、常に何かを不安に感じながら生きています。その不安や苦しさを緩和したいなら、やっぱり自己肯定感は高くした方が良いのだと思います。

自己肯定感を下げない方法

ようやく本題です。まず、これから自己肯定感を下げない為にはどうすれば良いのか。

私の考えた出した答えは1つ。

比較をしない

以上です。

…短すぎました、ごめんなさい。それが簡単に出来ないから苦しいんです。実現するためには、まずは以下のことを行う必要があるかなー、と思ってます。

第一段階
  • 比較をしている瞬間に気づく
  • 比較から自己否定に至る思考を知る

無意識でやってる自己否定をいきなり止めるのは難しいので、まずは第一段階として自己否定に繋がる比較に気づくことから。

第一段階がスラスラ出来るようになったら、あとは第二段階を実践あるのみです。

第二段階
  • 意識的に比較を止める
  • 比較対象を肯定的に受け止め、肯定の気持ちをアウトプットする

これで自己肯定感の低下は抑えられるんじゃないかと思います。

ポイントだけ説明を加えますと、
第一段階「比較している瞬間に気づく」ですが、最初のうちは比較していることに気づけないと思います(私は気づけませんでした)。なので「なんかモヤモヤする」「悲しい」「腹が立つ」など、感情の動きがあったときに(あれ?私いま比較してた?)と考えてみてください。とにかく無意識なので、ちょっと時間かかるかもしれませんが、ゆっくりいきましょう。何となく比較してる瞬間が分かるようになったら、なんで比較してるのかなー、と分析してみましょう。自分の思考パターンが見えてきます。

第二段階「肯定のアウトプット」は、「なんのこっちゃ」って感じだと思いますが、要するに自己否定の種を、肯定することで消してしまえ作戦です。例えば資格試験に合格した友人に大声で「おめでとう!!」と伝える。何ならお祝いの缶コーヒーとか渡しちゃう。そうすると、脳が勝手に「私は肯定的に捉えている」と感じてくれて、否定的だった思考を肯定的に上書きしてくれます。脳って案外単純みたいです。しかも、相手からも喜ばれるオプション付き!

以上を実践するようになって、それまでなら無意識に比較して落ち込んでいただろう場面でも笑い飛ばせるようになりました。人からの否定も前ほど怖くありません。随分と穏やかな気持ちです。

自己肯定感を高める方法

続いて自己肯定感を高める方法です。

ここまで散々「自分を否定しない」と書いてきましたが、「否定する自分」も含めて自分を受け入れるのは、自己肯定感を高くする上で大事です。でも受け入れるって難しいんですよねー。頭で理解は出来ても心の話なので思うようにいきません。

なので、まずは以下を実践します。

  • 自分の短所に目を向ける
  • 短所に対して見方の転換長所への変換を行う

見方の転換とは、短所を少し違った視点から観察して「あれ、案外短所じゃないかも?」と見方に変化を与えること、長所への変換は、その名の通り短所を長所へ変換することです。

分かり難いと思うので例を見てみましょう。

自分の短所を書きだします。

  • 頭の回転が遅い
  • 女性らしくない

短所を書きだしたら、続いて「転換」と「変換」を行います。

頭の回転が遅い
(転換)納期にも間に合うように作業できるし、もしかして遅くはない?そもそも何と比べて遅いんだろう。
(変換)時間をかけて考えるからミスが少ない
女性らしくない
(転換)女性らしさは主観だし、比較せず、自分の思う女性らしさに近づけば良い
(変換)男性社会でも意識されず紛れ込める

と、こんな感じです。思ってたより短所は短所じゃないかも?と気づきます。

「短所は何をきっかけに短所だと思うようになったのか」を考えてみると、やっぱり周りと自分を比較して、もしくは誰かに比較されて短所だと思いはじめた物が多いと思うんです。「(回りと比べて)仕事が遅い」など。

短所だと思っていたものを、比較を含まない視点で見つめ直してみると不思議に「しゃーないか。これが私だもんなぁ」とストンと受け入れられたりします。

自分を受け入れると言うことは、『自己』を『肯定』できたことになります。こうやって受け入れられる自分を増やしていけば、いつか肯定感も高くなっていきます。と、信じてます。きっと、なるはず。


あとがき

自己肯定感を考える上で「比較」は切り離せないものだと改めて実感しました。アドラーの心理学に救われた気持ちになるのは、この辺りの話に触れているからかもしれません。そう考えると、自己肯定感の低さに苦しんでいる人は多いのかもしれません。

私は生まれて現在に至るまで(割と)肯定されながら生きてきました。両親からは溢れんばかりの愛情を注がれて育ち、離れて暮らす今でも何やかんやと気にかけてくれます。友人関係にも非常に恵まれていたと思います。じゃあ、きっかけは何だったのか。考えてみると、高校3年間の挫折が自己否定のはじまりだった気がします。あれから約10年たちますが、その頃の挫折が今でも根強く残っていたみたいです。

きっかけや期間は関係なく、癖になってしまった自己否定の思考サイクルは自分で気づくまで続きます。それでも、気づけさえすれば自己肯定感は上げられるはずです。それを信じて、今回の内容を続けていきます。今のところ経過は驚くほど好調です。

※今回の記事は、自分の思考と向き合った結果に出来た記事です。記事の「自己肯定感の低い人間」とは全て私のことを指します。

関連する記事

CATEGORY

ARCHIVE

NEW